屋比久 友秀

屋比久 友秀

沖縄県出身。東京理科大学大学院を卒業後、株式会社OCCへ入社。現在、営業統括本部 経営企画部 部長。
NPO法人 日本PostgreSQLユーザ会沖縄支部長。沖縄P2M研究会座長。
オープンソース(OSS)を用いたシステム開発に従事。
2001年米国フェルミ国立加速器研究所客員研究員。2003年東京大学医科学研究所客員研究員。
2007年沖縄県IT優秀技能者等表彰「内閣府総合事務局長表彰」システム開発部門 受賞
2009年全国地域情報産業団体連合「優秀技術表彰」受賞
現在、「IT教育」や「アジアとOSSビジネス」をテーマに活動しています。

和田 知久

和田 知久

大阪大学工学部電子工学科卒業。
米国スタンフォード大学電気工学科修士課程修了、コンピュータハードウェア専攻。工学博士。
キャッシュ用途向け高速メモリ、3Dグラフィックス用レンダリングコントローラASICなど数々の半導体開発に技術リーダーとして従事。
1999年より琉球大学工学部情報工学科へ転職し、現在教授。
2001年、デジタル通信システム系のベンチャービジネスを那覇で創業し、地デジ関連や無線通信装置・デバイスでの事業展開中。モットーは「知(学問・研究)、徳(人間性の向上)、体(社会貢献)」であり、社会教育、研究・学校教育、ビジネスのすべての面を大切と思い活動している。

篠宮 龍三 しのみやりゅうぞう:プロ フリーダイバー

篠宮龍三 しのみやりゅうぞう:プロ フリーダイバー

2008年、アジア人初の水深100m潜水を達成。
同年AIDA世界ランク2位入賞。2009年、ジャック・マイヨールの自己最高記録である水深105mに素潜りのコンスタント種目で到達。また水深107mのアジア記録をマーク。国内唯一のプロ選手として国際大会を中心に参戦中。競技活動の傍ら、沖縄でスクールや大会を運営。OneOcean <http://oneocean.tv/index.html>を自身のメッセージに掲げ、様々なイベントをプロデュースしている。AIDA ジャッジ、AIDA インストラクター。NHKテレビ「ワンダーXワンダー:驚異のダイビング」出演

アコースティック10行

ボーカル樺里美
ピアノ松元靖

2003年10月、元六人組のボーカリスト/樺里美(カリミ)
が中心となり結成された5人編成のエレクトリックバンド「10行(じゅごう)」のプログレッシヴかつ民族的なオリジナル楽曲をピアノでリアレンジ、ボーカルとピアノの2人で演奏するアコースティックユニット。
≪メンバー≫
◎ボーカル樺里美(かりみ):十代から米基地内クラブや県内イベント、県外ライブハウスツアーをこなし、2001年にソロシンガーとしてCDデビュー後“10行”を結成。伸びやかでオリエンタルな歌声の持ち主
◎ピアノ松元靖(まつもと やすし):「太陽風オーケストラ」の作曲家・コンポーザー、ジャズピアニスト。CM音楽も多数手がけるメロディメーカー。

古谷 千佳子

古谷 千佳子

東京生まれ。身体で吸収したモノを表現したいという夢を持ち、ダイビングを始める。大学では油絵を専攻。知り合ったウミンチュを通して漁業の世界を知る。以後自ら潜水漁業に従事。ウミンチュの仕事と共に海辺の暮らしに興味を持ち、東京でスタジオマンを経てフリーカメラマンになる。以後沖縄本島、離島を飛び回り、海人の暮らしを撮影。
2002年:初個展「海んちゅー」タコ捕りおじぃ開催(東京 新宿コニカプラザ)
2005年:TV朝日30分ドキュメンタリー番組「いきいき!夢キラリ」に『海人カメラマン』として出演。
2006年:WWF企画『海とともに生きる〜石垣島 白保〜』古谷千佳子写真展。
2007年:TBSドキュメンタリー番組『情熱大陸』に『海人写真家』として出演。TBS「王様のブランチ」に『海人写真家』として紹介。個展『海人ごはん』環境水族館アクアマリンふくしまに於いて開催。
2008年:国際サンゴ礁年2008全国巡回写真展にて写真を展示。「たからのうみの、たからもの。」写真集出版。NHK BS-hi『こんなステキなにっぽんが』-「カキの浜の誇り〜北海道厚岸町〜」に旅人として出演。
現在『写真家』として各種撮影、フォト&エッセイ雑誌等に寄稿、スライドトークショーも多数開催。

東松 照明

東松 照明

愛知県出身。岩波写真文庫スタッフののちフリーランスの写真家となる。
第1回日本写真批評家協会新人賞受賞。
奈良原一高らとセルフエージェンシーVIVO設立。
土門拳らと「hiroshima-nagasaki document 1961』刊行、第5回日本写真批評家協会作家賞受賞。
東京造形大学映像科助教授後、沖縄に移住。写真集『日本』、「New Japanese Photography」展(ニューヨーク近代美術館)出品。
荒木経惟らとWORKSHOP写真学校開校。写真集『太陽の鉛筆』で日本写真家協会年度賞、第17回毎日芸術賞、第26回芸術選奨文部大臣賞受賞。日本写真美術館設立促進委員会委員。
「SAKURA+PLASTICS」(メトロポリタン美術館)1995年、紫綬褒章受章。「長崎〈11:02〉」(長崎原爆資料館)、「東松照明写真展 Interface」(東京国立近代美術館)、「東松照明展 さくら」(新津市美術館)、「日本列島クロニクル—東松照明の50年」第31回日本芸術大賞受賞(新潮文芸振興会主催)、「how you look at it —photographs of the 20th century」(スプリンゲル美術館・ハノーバー)出品(フランクフルト市立美術館)巡回、「長崎マンダラ展」、「沖縄マンダラ展」(沖縄県浦添市美術館)、第56回中日文化賞受賞(中日新聞社主催)「ShomeiTomatsu:Skin Of The Nation(東松照明:国民の皮膚)」(サンフランシスコ近代美術館他)、日本写真協会功労賞受賞(日本写真協会主催)、「愛知曼陀羅−東松照明の原風景−」(愛知県美術館)、「Tokyo 曼陀羅」(東京都写真美術館)、「琉球・沖縄2人展」(キャノンギャラリー、沖縄県浦添市美術館)

内田 詮三

東松 照明

静岡県出身。東京外国語大学インドネシア語科卒業。静岡県伊東水族館勤務、福島県照島ランド園長、国営沖縄記念公園水族館館長を経て2002年より沖縄美ら海水族館館長。
この間、東京大学淡水イルカ調査隊員としてバングラデシュ(1970)、ウルグアイ(1973)、琉球大学ジュゴン調査隊員としてインドネシア(1978)、同大アフリカマナティー調査隊員として西アフリカ諸国で学術調査。
日米科学協力事業によるサメ・エイシンポジウムにスピーカーとして出席(1987、ハワイ)。米国ボデガ海洋研究所のホオジロザメシンポジウムで世界初の同サメの繁殖様式を発表。
1992年アリューシャン、1994年アラスカ、1995年アリューシャン、アラスカでザトウクジラ調査。アメリカ板鰓類学会でジンベエザメの飼育を発表(メキシコ、2000年)。農学博士。2005年、みどりの日表彰(環境大臣・調査学術研究部門)。2009年、第2回海洋立国推進功労者表彰(総理大臣)。社会教育法施行60周年記念社会教育功労者表彰(文部科学大臣)。著書:「水族館動物図鑑」編著、「沖縄の鯨類」、「海の王者ザトウクジラ」編著、「飼育版鰓類の繁殖」

ウィリアム・H.齋藤

ウィリアム・H.齋藤

アーンスト・アンド・ヤング、ナスダック、USAトゥデイ各社によって1998年度「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたウィリアム・H.齋藤は、起業家と研究者という2つの顔を持つ技術者である。専門は暗号や生体認証技術の分野であり、氏が最初に設立した会社はセキュリティソフトウェアの開発で世界をリードしたアイオー・ソフトウェア(I/O Software, Inc.)であった。2004年に同社を売却後は東京に移住し、革新的な技術の特定と市場開拓について企業を支援するコンサルティング会社、インテカーを設立。アイオー・ソフトウェア(I/O Software, Inc.)時代には、ソニーと共同で世界初の生体認証システムを考案し、その後は生体認証アプリケーションプログラムインターフェイス(BAPI)や認証技術をマイクロソフトを始め160社以上にライセンス供与してきた。氏は米国で議会証言を行なうこともあったが、現在は日本の独立行政法人産業技術総合研究所のスタートアップアドバイザーとして、次世代の起業家やベンチャー企業の育成に当たっている。また、政策研究大学院大学のフェローとして、起業家のための政策研究なども行っている。様々な業界団体から表彰され、米国議会から高い評価を受けてきた氏は、数多くの著書を執筆し、講演活動なども積極的に行っている。

萩野 一政(はぎの・かずまさ)

萩野 一政(はぎの・かずまさ)

NPO 法人沖縄イベント情報ネットワーク理事。2003年5月、沖縄県内外で行われる沖縄関連のイベント情報をカレンダー形式にまとめた月刊のイベント情報フリーペーパー『箆柄暦(ぴらつかこよみ)』を創刊。発行部数は16,000部で、全国500店舗の沖縄料理店・物産店で配布されている。2005年4月、旧『インターネットウルマ』を引き継ぎリニューアルした沖縄情報ポータルサイト『ウルマックス』にてインターネット上でのイベント情報発信をはじめる。毎月約300の沖縄系アーティストと、500件の施設情報をチェックし、約1500件のイベント情報を収集している。2007年NPO法人『沖縄イベント情報ネットワーク』を設立。現在、これまでのイベント情報の収集・整理・配信能力を活かして、沖縄県と協働し、沖縄県のイベント情報をひとつのデータベースに集約するプロジェクトを推進中。より多くの企業や個人に沖縄イベント情報を配信できる体制を目指している。

上地 正子(うえち しょうこ)

上地 正子(うえち しょうこ)

那覇市首里出身
LOHASプロデュース NOAH代表。
病気の体験をきっかけに、人と地球に貢献したいという強い想いを抱き、2006年4月に那オーガニックカフェ ロハスプロデュースNOAHを覇市首里に立ち上げた。
自然と調和を図るライフスタイル=LOHAS(ロハス)を提唱し、未来を担う子どもたちのために「今、私たちにできること!」をテーマに掲げ、食の安全と質の向上を図り、よりよい食環境作りを通して地域社会、地球環境に貢献することを目的に活動している。
カフェだけにとどまらず、LOHASに関するさまざまなイベントプロデュースなども行ない、「LOHASフェスティバル」や「子ども地球の絵コンテスト」、「食のフォーラム」、「農業体験学習会」などを開催。また昨年からは、日本ベジタリアン協会沖縄支部として、環境問題から見たベジタリアンを増やす活動もスタートしている。

高良 剛 ロベルト(たから つよし ろべると)

高良 剛 ロベルト(たから つよし ろべると)

沖縄県立中部病院 地域救命救急診療科 医長。
沖縄県うるま市勝連平敷屋出身。アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。8歳より沖縄で育つ。自治医科大学卒業後沖縄県立中部病院にて初期臨床研修。その後医師一人、看護師一人の北大東診療所、西表西部診療所にて合計5年間勤務。平成12年より現職。
目の前の全ての患者さんのお役に立ちたい。その一心で仕事を続けています。
みんながhappyな救急医療制度、プライマリ・ケアを模索しています。

具志堅隆松(ぐしけん たかまつ)

具志堅隆松(ぐしけん たかまつ)

那覇市出身。
28年前のボーイスカウトのリーダー時代、本土から来た遺骨収集団にサポートを求められて参加。ごろごろと出てくる人骨にショックを受けた。二度目のサポートは無理だと思ったが、翌年また誘いが来た。老人が熊手を持ち、カッパを着て雨の中で遺骨収集しているのを見て支援をする気になった。それが今まで続く。
掘り出される遺骨の劣化を見て収集を急ぐ必要を感じ、ボランティアによる遺骨収集を始めることになった。
遺骨の肋骨の粉砕状態を見てそれが自爆であることに気づき、自殺の道具としての手榴弾の使われ方に怒りを覚え、その使われ方を告発するために手榴弾を保存することにした。2004/11/23の沖縄タイムス紙に、陸上で発見された不発弾の海洋投棄処分の禁止され、それらを営利企業が処分することが報道された。そのことを知り、国が配布し、使われなかった手榴弾を、再び営利企業が利益化することに異議を唱える事になった。

長嶺 隆(ながみね たかし)

長嶺 隆(ながみね たかし)

沖縄県うるま市出身
NPO法人 どうぶつたちの病院 理事長
子どものころから野生動物とたわむれて暮らしていた。ヤンバルクイナが発見された1981年に獣医師になることを決意し、2001年に帰郷。絶滅に瀕するヤンバルクイナの現状に直面し、国頭村の地域との協働活動を始めた。
ヤンバルクイナの減少の原因であるネコによる捕食に関する対策を開始し、ネコ対策の仕組み作りに参画。頻発するヤンバルクイナの交通事故の救護体制づくりや、林内の道路の改良への提言を行っている。2006年にはヤンバルクイナの人工孵化に成功、2007年に人工孵化個体の自然繁殖に成功した。
(社)沖縄県獣医師会 副会長、帝京科学大学 非常勤講師

橋口 幹夫(はしぐち みきお)

橋口 幹夫(はしぐち みきお)

沖縄県立中部病院 総合周産期母子医療センター 産科部長
沖縄県出身。沖縄県立中部病院にてインターン、産婦人科レジデント研修終了。
沖縄県立宮古病院、八重山病院産婦人科勤務後、平成15年から現職。
日本産科婦人科学会指導医、日本周産期・新生児学会暫定指導医。
専門領域は、周産期、産婦人科救急。
好きな言葉は「案ずるより産むが易し」
若手医師に産婦人科の魅力を伝える難しさと、すばらしさを日々感じています。
沖縄の赤ちゃんとお母さんの健康のために微力ながら、お手伝いさせていただきます。